「トムラウシ」と聞くと、どうしても登山ツアーの遭難事故を思い出してしまう。改めて資料を読んで見ると、18人のパーティーのうち、実に8人犠牲者を出している。7月半ばという夏の盛りにも関わらず、天候が崩れると低体温症になるのだという当たり前のことを再認識した事故だった。自分はソロ登山がメインだが、このスタイルにした理由のひとつがこの事故だ。大人数の中に入ると「今日はなんとなくだるいなあ」「みんな出発してるけど、雨降ってるし、止めとこうか」という集団の中では我儘になる判断も容易にできてしまう。もちろん不慮の事故ではソロは不利だ。でも、自分の中では「登山客の多い山を自分の判断・ペースで歩く」が一番安全に思えるのだ。そんなトムラウシに挑戦する日が意外に早くやってきた。

 7月3日、明日は天気が良さそうだという予報と、現在地点(清水町)からのアクセスを考え、トムラウシに向かうことにした。急な計画だが、アプリ「コンパス」でしっかり登山計画と届を出し、今日のうちに登山口に着いてしまう。そして明朝はできるだけ早く出発し、ゆとりをもって帰ることにしよう。何かあったら山頂まで行かずに戻る気も満々だ。

 昼ごろにトムラウシ温泉に着いた。久しぶりに温泉の食堂でごはんを食べる。「もし遭難したら、これが最後の外食になるんだなあ」などと不吉なことを考えながら天ぷら定食を頂いた。(死ぬ前に最後に食べるものはあんこたっぷりの饅頭と天ぷらと決めているので、思い残すことはないな)

 昔はトムラウシ温泉が登山口だったが、今は少し上の方に短縮登山口がある。それでもコースタイムは約11時間(アプリ・コンパス)というロングコースだ。短縮口がない時代は14時間。これは日帰りの装備では危険な距離だろう。実際、テントも持って行こうかとも考えたが、軽量化のためツェルトにして、午後になったらとにかく戻ることにする。

エサよこせと訴えてる

 短縮登山口には夕方までに20台を超える車が集まった。それぞれが車の中で一夜を過ごし、明日は揃って山頂を目指すことになる。人が多いと心強い。

 駐車場では、たまたま隣に泊まったポルシェが時々エンジンをかけるのでうるさい。ひとつ隣のおじさんが「すみません、エンジン止めてもらえますか?」と話していたが、「勝手にかかっちゃうんですよ」と返事しとった。エアコンつけっぱなしにすれば、今の車は勝手に充電するようにできてるのね。これはたまらんなと諦め、別の場所に移動してゆっくり休んだ。

 7月4日、3時半起床。見ればポルシェの隣の隣にいたはずの車が、自分の隣に来ていた。朝のあいさつをすると「ポルシェうるさいから、移動してきた」とのこと。(今だけポルシェのおじさんが悪者になっちゃってます)そのおじさんは3時45分に出発。自分は彼から5分遅れてスタート。5分前に先行してもらえるというのは大変有り難いことだと喜んで登山道に入ってすぐ、でかいクマの糞を発見してかなりビビる。でも、それほど新しいようには見えないので気にしないで進む。前を行くおじさんは「ほいっ、はいっ、はっ」と声を出しながら登っているようだ。かなりでかい声を途切らすことなく出して歩き続けるのはさぞ大変だろう。(そんな自分はどちらかというと静かに気配やにおいを感じながら登るタイプ 野生動物か?)

4時前にスタート
うんち発見(誰か踏んでる)
4:10 分岐到着

 4時10分、トムラウシ温泉からのルートと合流する。山頂までは約8キロという表示がある。普通の道路なら2時間かからないのだが、さて今日はどうなるだろう。

 しばらく平らな散策コースを歩くと、せっかく登った分を吐き出すように下る。(実際はそれほど大袈裟に下がっているわけではないが、ショックが大きい) コマドリ沢という谷に着くと、そこからは長い雪渓歩きになる。平らな雪の上を400mくらい歩くと、今度はスキーをしたらちょうど楽しそうな斜面を登る。しかもかなり長い。地図によれば標高差200mあり、たっぷり30分かかってクリアした。

 7時、雪渓を登った先に前トム平という少しだけ平らな大地があり、ここで小休止する。ここまで3時間ちょっと。標識によればすでに6.6キロ歩いており、残りは2.6キロ。このペースなら9時前に登頂できそうだ。天気も良いし、今のところ遭難のリスクはなさそうだ。

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声出しおんちゃんに追いついた
このあたりは普通のハイキングコース
下ります
ここ、登りました
前トムから山頂が見える(ここで1人亡くなった)

 前トム平から少し下り、劇的に大きな岩の上を登る。ようやくトムラウシの山頂が見えてきた。「トムラウシ公園」と名付けられた窪地の雪渓を越えると、いよいよ最後の上りになる。先に書いた2009年の遭難事故では、前トムで1人、トムラウシ公園で2人が亡くなりヘリで収容されている。その時のことを少しだけ思い、ちょっとブルってしまう。思えば遭難した人たちも、今日みたいな好天なら「良かったねえ、きれいだったねえ、疲れたけど頑張ったよねえ、温泉気持ちいいねえ」などとワイワイやっていた筈だ。こう書いてしまうと語弊があるかもしれないが、あのツアーを企画した会社が唯一の酷い会社だったとも言い切れないだろう。今回はいくつかの要因と不手際が重なってしまったわけだが、現実は「リスク対応ができていなかったけど、特に問題なくツアーが終了した」というパーティーも少なからずあるだろう。亡くなった8人は全て60代、これから長い老後を楽しもうとしていた矢先に、不運だったとしか言いようがない。(もちろん、不運ということばで済ませてはならないし、不運が重なっても死なない準備は不可欠だ)

すごい場所もあります
ようやくトムラウシの全貌が
トムラウシ公園(ここで2人収容されている)
キャンプ指定地付近(ここでも2人)

 8時過ぎ、南沼のキャンプ指定地を通過。ここでも2人亡くなっている。(一人は単独登山者) トムラウシは遭難のイメージが強過ぎて、予想はしていたが追悼登山のような気分だ。

 さらに昔、2002年にもここで遭難死亡事故があり、その時はキャンプしていた人が死んでる人を横目に登山を続けていたという話があり、かなり批判されている。いかに2度と来れないかもしれない百名山でも、そうはありたくないものだ。

 8時30分、登頂。今日はけっこう頑張ったので、予想外に早く着いた。あんなに天気が良かったのに、山頂に来ると霧が出てきた。(要お祓いかも)

ここで霧ですか
8:30 登頂

 山頂では、数人の登山者とそれぞれの予定などを聞き合ってワイワイと過ごし、早めに下山開始。遭難事故で多くが亡くなった北沼も見てやろうかと一瞬思ったが、意味もないのでまっすぐ下山することにした。若干雲は出てきたが雨になることもなく、快適に歩き、14時少し前に駐車場到着。

 最初は緊張したトムラウシだったが、実際行ってみると危険なところも少なく、日程的にも日帰りが十分可能な山だった。しかし、これで「トムラウシ?簡単だよ」と言うことはできない。今日はたまたま気象条件と体調が良かったということ。いくつかの不調とアクシデントが重なった時に生きて帰れるかというのが大切であり、それは今日の山行だけでは判断できない。

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