3月17日14時、阿蘇の駐車場から祖母山の登山口に移動。途中でパンを買ったくらいで寄り道もせず車を走らせ、16時前には「北谷登山口」に着いた。登山口にはきれいな東屋(トイレ付き)があり、久々にコンロを持ち出して夕食を作る。(多くの道の駅は火を使った調理を禁止しているので、ここまで車内でコンロを使っていた。)駐車場には軽ワゴンが1台。既に夕方である。そのうちに降りてくるだろう。
夕食を済ませ、トイレを確認したり登山道の情報を読んだりして時間をつぶす。当初予定していた「風穴コース」は十分注意しなさいと書いてある。その言葉に従い、予定を変更して千間平コースで登ることにする。(かろうじて電波が届くので、コンパスの登山計画を変更。)
5時過ぎには軽ワゴン車の持ち主(釣り人であった。)も戻り、駐車場は1台だけになった。まあ、いつものことさと気にすることもなく、眠りにつく。どうせ誰もこないだろうと、車内のカーテンも開けたままで、ガラス越しに星を見ながら寝るのはいいものだ。
9時過ぎに、車が一台やってきた。車を降りてしばらく駐車場の様子を確認し、少し離れたところに停車し、電気も消えた。車がもう一台だけというのは、誰もいない時よりも緊張する。もしかして死体を処分するためにやってきた殺人犯だったらどうしよう。今、車の中で「くそっ、誰か居やがる。これじゃトランクの死体を捨てられねえ。場所を変えるか・・いや、いっそのこと。あの車の中の野郎を始末して一緒に崖に落としてやるか。」なんて考えてたらどうしよう。そんな風に妄想を膨らませていたら、間もなくもう一台やってきた。助かった。いや、もしかして先に来た殺人犯が仲間を呼んだのか?益々まずい状況になった?
結局、2台の車から襲撃されることはなかった。(当たり前だろ!)
3月18日
5時すぎに起床。いつものようにお湯を朝食を作り、お湯を沸かし、準備を進める。もう2台の車もごそごそと動き出してきたので朝の挨拶。殺人犯ではなく、普通の登山者である。(いつまでも妄想すな!)一人は日本人だが、もう一人はヨーロッパの人。(どこの国か、忘れちゃった。)「先に行きます。」と二人に声をかけて6時に登山開始。まだ薄暗いが、ごく普通の登山道なので問題はない。林の中の道をゆっくり登る。道も明瞭で1合ごとに立派な標識があるので、ここは間違えようがない。さすが百名山である。
2合目付近で西洋のお方に抜かれる。「頑張りましょう!」と流暢な日本語を残して、あっという間に消えていった。小柄だが体の各パーツが太く、パワーが全く違うようだ。あの人に着いていってはいけない。
4合目を越えてしばらくすると、傾斜が緩やかになる。千間平という平坦地のはじまりである。ここをゆっくり歩いていると、今度は日本のお方に抜かれた。でも、急ぐ必要もないので展望スペースで写真を撮ったりしながら歩く。
7時30分、三県境の看板が出てきた。大分、熊本、宮崎の三県の境界点ということか。冷静に考えたらそれほど珍しい場所でもないのだが、仰々しい看板を見せつけられると有難いことのように思え、写真を撮ってしまう。ここからしばらく緩やかな下りになる。
7時45分、国観峠に出る。突然現れた広い原っぱの片隅にはお地蔵さんがあった。いつものように今後の健康と幸せと煩悩のお願いをして最後の登りに向かう。ここから先は山頂までほぼ一直線の急登になる。道がかなり掘られているところもあり、少々濡れている。注意して行かなければ転ぶなあと思ったら案の定粘土に足を滑らせて転んだ。痛い転倒ではないが、ズボンとリュックに泥がついて気持ち悪い。「ああ、やっぱり転んだか。うん、今日の分は終わったから、あとは大丈夫だろう。」と根拠のない安心感で、その後は軽快に登る。あまりに調子がいいものだから、寄り道して九合目小屋を見てくることにした。
小屋は想像していたよりも立派だったが、誰もいなかった。特に小屋に用事があるわけでもないので、1枚写真を撮って山頂に向かう。小屋から山頂までの道は、分かれ道というか似たような道が何本も交錯し、どれが本物か不明瞭な部分もある。それでも山頂が見えているので大きく間違うこともなく登れる。
9時、祖母山頂に到着。先に登った二人はまだ山頂で休んでいた。すぐに西洋のお方が下山し、残った日本人2人で少し話をする。彼の祖母山の感想は「途中までは、遠くまで来たのに何も見えなくてつまんないと思った。でも山頂に来ると景色が良くて良かった。」ということ。確かに山頂にこないと眺望はない。でも何も見えない登山道も嫌いじゃないので、「祖母山、悪くないな。」というのが自分の感想。人によって捉え方が違うものだ。
少しお喋りした日本のお方も風穴コースを下りて行き、一人残された自分はゆっくりとカフェオーレでパンをかじり付き、しばし山頂の風景を楽しんだ後にゆっくり下山開始。下りは頑張って、先に出た二人と同じ「風穴コース」を下りてみる。
風穴コースは梯子やロープが次々と現れ、たしかに険しい。とはいえ、命に関わるような危険な場所があるわけでもない。慎重に下る分には問題はなさそうだ。それに、険しいところに近づくと「ここから危ないよ。」と看板で知らせてくれる。親切だ。
途中、二面岩といういかにもインスタ映えしそうなスポットもあったが、張り出した岩に登る勇気もなく通過する。しばらく下ったところにあった風穴は、中が暗くて全く進めず入り口で断念。風穴まで来ると、急な場所はほとんどなくなり、沢沿いの涼しい道を歩くだけである。昨日出会った釣り人はきっとこのあたりで1日を過ごしたに違いない。とすれば魚がいるのだろう。でも、それほど大きくない沢の水に魚影は見られない。そういえば、釣れたのかどうかを聞かなかったなあと振り返りながら沢を下る。
そろそろ登山道も終わろうかいう場所で、熟年夫婦とすれ違った。
「駐車場見たら、ずいぶん遠くから来てる人がいたようだけど。」
「はい、それは私です。」
「九州の山を周ってるのですか?」
「はい、この後は大崩山と傾山に行こうかと思ってます。」
「そうですか・・・大崩山はすごく危ないので注意して下さいね。あそこは鎖場や梯子が次々と出てきて、注意して登ってる人でも滑落することがあるんです。もしかしたら日本一危険な山かも。特にあなたは一人だし、ほんとに、くれぐれも、注意してください。」
実は、5月早々に娘の結婚式がある。さすがにここで滑落して大怪我を負ったり最悪死亡したりすると、結婚式そのものを吹き飛ばすことになりかねない。ガイドブックにも2つの山は「上級、かなり危険、一人で行くな。」と書いてあった。
「はい、わかりました。大崩山と傾山はパスします。」
と、素直にアドバイスを聞き入れることにした。(結婚式が終わったら、来年また来てやるっ!)
10時45分に駐車場に戻る。コースタイムより若干早いペースで終了した。さて、明日は大崩山のつもりだったが、パスするので湧蓋山になる。九重連山の一角で、1時間半で着くようだ。一瞬「高千穂の時みたいに午後に登っちゃおうか。」という誘惑に乗りそうになった。「落ち着け自分。焦らないで明日にするんだ。」と言い聞かせ、ゆっくりと九重連山に向かった。