この日、本当は大門山に行く予定だったが、ブナオ峠への道が通行止めのため諦めて大笠山に向かった。こちらはJTB山あるきガイドによれば上級となっていて、特に体力面で最高ランクになっている。そちらも心配だが、もっと心配なのは水場の存在だ。桂湖ビジターセンターで水場が使えるかどうか聞いたところ、若いスタッフさんは「私もよくわからない」とのこと。その後、登山者が停める一番近い駐車スペースに行くと、富山ナンバーの車が一台ある。きっとこれから下りてくるだろうと待っていたら、ヘロヘロになって男性が戻ってきた。体力的にほぼ限界だった様子で、口も重く「疲れた」「きつかった」を繰り返す。水場について聞くと「雪渓の解けた水を汲んだが、あまり量はなかった。それが本来の水場なのかもよくわからない」という。でも、いずれにしても上に行けば水を得ることは可能のようだ。
それで、持参する水を次にように決定した
水750ml、ポカリ500ml、予備の経口保水液500ml、エネルギーゼリー3個
とりあえず水とポカリで水場まで辿り着けば、そこで持参したポカリの粉で新たに作れば良いだろうという考えだ。
13日朝、いつものように4時に起きて準備をしていたら、昨日に人形山頂で会った男性がやって来た。こちらは5時に一足先に出発するが、きっとすぐに抜かれるだろう。
登山道は最初に吊り橋を渡ると、すぐに4つの梯子を登る。その後もロープや鎖の助けを借りて、序盤に大きく高度を稼ぐルートになっている。とにかく水が心配なので、あまり頑張りすぎないように慎重に進む。しかし、いつまでも続く登りでスタートから喉がカラカラになった。水は節約したいが、脱水になったら元も子もないのでこまめに補給する。しかも今日は朝から晴天で暑くなってきた。
6時半頃に男性に抜かれた。「ゆっくり行きますのでこちらはきっと11時くらいです」と話して別れる。その後も足取りは重く、20分歩いてはしっかり水分を取って進む。どんどん水がなくなっていくのが不安だ。
8時半、天の又という小ピークに出る。ここから少し下り、また登り返し。小さな残雪の端を通り、きれいな三角の小山に登ると、これから先の山の様子が見えてきた。既に1500mを超えていてここからは登り返しを数回繰り返せば避難小屋の筈だ。
しかし、ここで気がついた。避難小屋があるあたりに雪渓はない。すると、水を汲む場所はさらに上の山頂直下かもしれない。そういえば昨日説明してくれた方も「それが本来の場所かはわからない」と言ってた。
ここまでの水の消費は「水:ほぼ飲み尽くして残り一口、ポカリ:残り1/3」これにプラスしてリュックの中のペットボトル1本とゼリー3個である。既に滝汗のサイクルが出来ていて、ほんの少し動いただけで喉が渇く現状を考えると、水場が山頂付近なら持たないだろうと判断した。つまり撤退である。へなちょこは逃げ足が肝心だ。時計は9時半、これでもCompassのコースタイム程度だが、スピードが上がらないのも心配材料である。
もしかしたら続行すれば何とかたどり着いて、雪渓から水も汲んで無事下山したのかもしれない。遭難する確率も高くはないのだろう。しかし、この滝汗がピタと止んだらもはや熱中症で動けなくなる筈だ。その時点で通話圏外なら死ぬわけだ。
まだ動けることは動けるが、身体がギリギリのラインで踏みとどまってる感じもする。ここはどう考えてもリスクを犯す場面じゃないな。
撤退と決まったら逆に余裕が出て来たので、せっかくだから残雪の場所まで戻り、ここで飲み物全てを雪に埋めて冷やす。日陰で腰をおろして持って来たパンをかじり、シャツの汗が乾き切るまでゆっくり休んだ。
10時40分、下山開始。下り基調なのでスピードは出るが、喉の乾きは相変わらずで、少し飲んではその直後に額から滝汗がドバッと出るを繰り返す。撤退を決めた時点ではまだゆとりがあるつもりだったが、1時間程度の休息では回復しないところまで来ていたようだ。まだ滝汗が出るし体も痺れたり麻痺したりせず動くから、重度の熱中症には至っていないだろう。しかし水分補給と汗が連動してる所をみると、絶対的な水分量が足りないのも事実だ。しかしまだ距離はある。残りの距離を計算しながら水分補給をするしかない。ポカリは早々になくなり、残りはゼリーと経口補水液だけになった。20分毎くらいに液体とゼリーを交互に摂り、なんとか13時20分に駐車場まで戻った。この時点で残ったのは、経口補水液1/3だけだった。
帰りにビジターセンターに寄って忘れ物(前の日に話をした登山者が折りたたみ椅子を忘れていってしまったのだった。話しかけてごめんなさい。)を届けた。スタッフさんからは「早いですね」と驚かれたが「水切れそうだったから途中で引き返した」答えると「それは正しい判断でしたね。今日は暑すぎるし、水場のホースも設置なっていので」というお言葉だった。センターで買った冷たいコーラを流し込み、冷房を効かせた車で一息ついた。うん、これなら医者に行く必要はなさそうだ。
下山後、いつものように近隣の温泉で汗を流す。給水機の水を飲んでも飲んでも喉の渇きが収まらなかったが、夕方には普通に食事ができるようになった。これなら山登りの旅も続けられそうだ。
おそらく、去年の夏に北海道の厳しめの山に登った時なら、今日もなんとか山頂まで行き着いたのだろう。しかし冬場のトレーニングを怠ったツケが今日も出てしまった。撤退それ自体は正しい判断だと思うが、当分の間はへろへろになりながら反省の山行になりそうな予感だ。今回計画していた北陸の山々の中で、厳しめのものはパスするか、または「ダメなら途中で引き返す」を励行して続けるかになりそうだ。
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その後、白山や荒島岳などまずまずの高さの山にも行ったが、大笠山ほどのダメージはなく、水も十分に余して下山できた。だとすればなぜ大笠山だけ水の消費が激しかったのだろう。
ひとつの仮説として、実は風邪でもひいていたのではあるまいか。車中泊のパターンは「最初は暑くてシュラフなどかけずに寝ている→夜中に寒さで目が覚めそこからシュラフに入る」の場合が多い。鼻風邪くらいひいてもおかしくない状況だ。この仮説が正しいかどうかはもう一度登ってみなければわからない。今のところその機会はないが、何とかしてもう一度挑戦してみたいと思う。