前夜、寝る時点で淀川小屋がかなり寒かったので、テントのフライシートをシュラフにかけて寝てみた。自分でも「これは良いことを思いついたぞ。」とご満悦で、周りも「いいねえ。」くらいの反応。しかし、この判断は完全に間違っていたようだ。
 何時かわからないが、夜中に目が覚めた。顔についたフライシートがべちゃっと冷たい。なんでこんなに濡れているんだろう。そうか、息が結露してるのか。まてよ、シュラフもなんか冷たいような。シュラフから手を出してシュラフを撫でて驚いた。フライとシュラフの間も結露でぐちゃぐちゃになっている。フライシートをかけたことが間違いであることに気づくと同時に、自分の体から出る水蒸気がこんなに多いことに驚いた。フライシートをはがし、濡れて潰れたシュラフにくるまって寒さに震えながら夜の後半を過ごすことになった。何事も経験と勉強だが、致命傷にならない季節であることが不幸中の幸いである。

 朝5時すぎにおじさんが行動を開始。その音を聞いて大学生のお姉さんも動き出した。よし、自分も行動開始。まだ真っ暗なので、ライトの光を頼りにラーメンを作る。とにかく寒いのでラーメンが優先だ。温かいラーメンを食べ、お湯を沸かしてポットに詰めると、やっとひと息ついた。それからパッキング。テントのフライシートも広げていたので時間がかかる。もたもたしているうちに、おじさんとお姉さんは6時に出発。まあいいや。どうせ一緒に歩く力もないし、自分のペースでゆっくりいこう。
 逆コースで縦走し、もはや淀川登山口に戻るだけのおじさんに見送られ、6時半にようやく出発。しばらくは平坦なので1キロ進むのに20分かからないくらい。昨日の霧雨が嘘のような、雲ひとつない青空だ。この天気が続いてくれることを祈りながら進む。

スタートは森の中。こういう道も嫌いではない。
とうふ岩

 登山道がやや急になってくると、当然速度も鈍る。若干汗も出てきた。まだ先は長い、ここで無理をすると、きっとどこかで潰れるだろう。歩幅を小さくして、足に負担をかけないように、でも動きは止めないで登る。
 最初の登りを上り切る前に、なんと先行していたおじさんに追いついた。これはどうしたことだろう。2歳年上のおじさん、今日は体調が悪いのだろうか。かなりハアハアと息が上がっている。しばらく後ろを着いて歩いた後、おじさんに促されて先を歩く。
 7時30分、花之江河という湿地に到着。地図で「花之江河」という文字を見た時はイメージが湧かなかったが、こういう場所なのだと納得する。ここで休憩。追いついたおじさんと「お姉さん、どこまでいったかなあ。」などと話しながら宮之浦岳を目指す。黒味岳への分岐点で、お姉さんのリュックを発見。コースタイムは往復80分か。まだ元気だし、予想以上に早く歩けているから、行けるかも・・・。いや待てよ、こうやって調子に乗って後半酷い目に遭った経験を忘れたのか。そもそも初心者だぞ。予定外にルートを増やすことは自重しよう。
 ほぼ同じペースで進むおじさんと、「山頂はどれかなあ。まだ見えないのかなあ。」などと話しながら、青空の下、尾根道を気持ちよく進む。地図によれば途中に水場が点在しているのだが、それらしい沢が多すぎてどれが水場なのかわからない。まあ、沢をひとつ間違えても水質に差があることもないだろう。水を汲めそうな場所では、胸につけたホルダーの500ミリペットボトルが半分になると、こまめに補給した。(水場が多いので、軽量化のため500のペットボトルと、500の魔法瓶以外は空にしている。)

ここで15分の休憩
岩の雰囲気が、初めての景色です。
たまにロープがあったりもする。
青空とのコントラストが良い。
あれ?さっきの沢で水飲んだけど・・。
なに?
あれか。
なんか、かわいい。

 地図を見れば、投石岳、安房岳、翁岳、栗生岳と続き、その先に宮之浦岳がある。でも、登山道は分かりやすく地図を広げる必要もないので、「あれが、宮之浦岳?もうすぐ?・・・いや、違った。まだ先がある。」という心が折れそうになる気分を何度か味わう。それでも黄緑色の山肌に灰色の岩があちこちから顔を出す山容が青空に映えて美しく、これならいつまで続いてもウェルカムだという気分でもある。
 朝一番に淀川登山口から登ってきた「日帰りピストングループ」の何人かに抜かれたものの、9時半に栗生岳、9時45分には宮之浦岳に登頂。コースタイム4時間半なのに、3時間ちょっとで着いてしまった。花之江河で15分たっぷり休んだから、実質3時間だ。それほど急いだわけでもなく、ただ気持ちよく歩いただけで疲れもほとんどない。いったいこれはどうしたことだろう。天気と非日常の世界でハイになっているのかもしれない。

清々しい木道を進む。
振り向くと、こんな感じ。
どうやらあれが山頂だ。
さあ、がんばれ!
あと少しか?
いや、先があった。
3時間歩いて着いてしまった山頂。頑張りすぎではないだろうか。後半が心配。
永田岳がきれいだ。

 少し遅れておじさんが到着。既に登頂していたピストン組の若者と写真を撮り合ったり、ちょっと早いが昼食を摂ったりして、しばらく山頂を堪能。その時、「もしかして、シュラフを広げたら乾くのではなかろうか。」と気がついた。早速じめじめのシュラフを広げ、飛ばされないように石を乗せて乾燥開始。日差しと岩の温かさ、そしてそよ風がシュラフの水分をどんどん外に出してくれる。夜の厳しさを思えば、ここで時間を潰してもおつりがくる。永田岳に立ち寄るからとすぐに出発したおじさんを見送り、シュラフを確認しながら山頂にとどまる。
 10時、お姉さんが山頂にやってきた。しばしお姉さんのカメラマンを務め、シュラフの顛末を説明し、やはり永田岳に立ち寄るというお姉さんを見送り、シュラフ干しを続ける。

シュラフ、はよ乾けー!

 10時25分、ようやくシュラフがふかふかになったので出発。ここからの下りは北側で陽が差さないため、登山道に雪が残っている。案内所のお姉さんが言ってた「まだ雪があって踏み抜き注意」とはここだな。しかも、傾斜のある木道に霜がついて滑る。転ぶとすればここに違いないと気合をいれて慎重に下る。
 10時45分、焼野三叉路。永田岳に向かったおじさんとお姉さんのリュックがある。コースタイムは往復2時間。これはちょっと苦しいかも。でも、岩だらけの永田岳は青空に映えてきれいだ。こんなに良い条件は二度とないかもしれない。しかも、今夜も同じ山小屋で過ごす二人に「永田岳、良かったねー。行って良かったよねー。」「そうそう、良かったねー。」という会話をされて蚊帳の外というのもちょっと悔しい。見れば遠くにお姉さんが小さく見える。まだ間に合う。時間も早いし今日は体調もすこぶる良い。それに、永田岳が終わったら、あとは下るだけ。よし、行こう。

スポンサードリンク
北斜面には残雪が。踏み抜き注意。
焼野三叉路には二人のリュックが。どうする自分。

 ポケットにペットボトルを突っ込んで、笹の広がる歩きやすい道を歩く。いや、かなりの早足で進む。いつの間にか「お姉さんに追いついてやる!」という意味不明の決意でがんがん進む。遠くで淡々と歩くお姉さんは、まさか自分がターゲットになっているとは思わないだろう。
 鞍部の水場からは急な登り。お姉さんとの距離はかなり縮まった。そして中腹には先行するおじさんが見えた。元気が出てきてさらに頑張る。(注:完全に我を忘れている。こういう行動をする登山者が結局怪我や遭難で迷惑をかけるのだ。文章を書きながら猛反省。)11時30分、おじさんとお姉さんに少し遅れて永田岳に登頂。なんとか3人で景色を共有できた。
 永田岳は、岩だらけで足元がやや不安だが、景色は抜群だ。宮之浦岳からは、永田岳が邪魔になって海が一望できなかったが、ここにくると海岸沿いの永田の町から口永良部島までよく見える。標高では宮之浦岳より50m低いが、永田岳の方が雰囲気が良い。無理をして来て良かったとしみじみ思う。

永田岳に向かって爆進!
だいぶ近づいてきた。
これが水場のようだ。
ここから登り。
巨石がすばらしい。
お姉さんが山頂に着いたようだ。
永田岳に到着。

 ここまで頑張りすぎたと反省し、下りは二人を先行させて敢えてゆっくりと歩く。もうここからは下るだけだし、急ぐ理由もない。昼近くなり若干雲は湧いてきたものの、天候が崩れる気配もない。焦らず自分のペースで歩こう。上りでも下りでも一定のペースで進むお姉さん、下りになるとスピードが出るおじさんはあっという間に遠ざかる。一人笹の道を堪能しながら「リュック、大丈夫かなあ。」といろいろな想像をする。もしも猿がリュックを開けて、ラーメンを煮ていたら笑えるなあ。想定より早く戻って来た人間をみて驚き、おずおずとできたラーメンを差し出す猿。そうなったら、ラーメンくらいくれてやろう。
 12時30分、焼野三叉路に戻る。登りに40分かけた道を下りでは60分かけて戻って来た。リュックは無事で、猿もいなかった。

さあ、下りましょう。
どこまでも気持ちのよい道。ひょっとして1年で一番良い日かも。
ペンキの部分だけ風化しなかったのか、立体文字になってる。
下りとはいっても、登りだってある。
坊主岩。

 下りに突入したといっても、宿泊予定の高塚小屋までは3時間半のコース。まだまだ先は長い。しかも、地図では読めなかったが、そこそこの登り下りを繰り返しながら徐々に高度を下げる道だ。お姉さんの姿はどこにも見えず、平石岩谷を過ぎたあたりで追いついたおじさんと一緒に歩く。本当は近くにある新高塚小屋を考えてたというおじさんに「下まで行けば、明日が楽ですよね。縄文杉とかも近いし。」と説得し、二人で励まし合って進む。登りになると息が上がるおじさんと、時々エネルギーが切れて糖分補給で立ち止まる自分のペースはほぼ同じ。言葉で確認したわけではないが、最後まで一緒に行こうという暗黙の了解ができあがる。

どんどん下る。
やや、霧が出て来た。
森林限界を通過し、森の中へ。
こっち向いてよ。
新高塚小屋
中は広々。

 14時20分、新高塚小屋に到着。中を覗いてみると誰もいない。3月は山小屋も空いてるし、天気も落ち着いてるし、虫やヤマビルも出ないし、悪くない季節のようだ。(きっとコロナの影響も小さくはないのだろう。)15時20分、ようやく本日のゴール、高塚小屋に辿り着いた。新高塚小屋よりもずいぶん小さく、6畳程度のフロアの3階建て。1階には若い男性2人組、2階で荷物を広げていたお姉さんが年寄りを労って3階に移動してくれたので、おじさんと2階を使わせてもらう。おそらく定員は12か15くらいだからまだまだゆとりはある。でも、コロナ禍でもあるし荷物を広げるスペースも欲しい。あとは来ないでちょうだいと願ってしまう。(実際、あとは誰も来なかった)

あと1時間。がんばれおじさん(と自分)。
ゴールの高塚小屋。(この後、疲労で写真を撮る気力なし。)

 小屋に着いて気がついのが、「水場が遠い」ということ。縄文杉の先まで10分の山道を下り、水を組んだら今度は10分登らなくてはならない。(新高塚で汲んでくれば良かったと後悔するが後の祭り。もっとも、水で重くなったリュックで1時間歩くのも苦しかっただろうから、どっちが正解かは不明だ。)
 水を汲みに行くあたりで疲労が限界に達したようで、体が思い。汲んできた水でラーメンを煮るが食欲もない。いわゆる「シャリバテ状態」になってしまうと、なかなか回復しないものだ。それでも温かいラーメンで少し回復し、とにかく早く寝ようと準備をしてシュラフに潜り込んだ。

 30分くらい寝ただろうか。突然別のお客さんを引率してきて、縄文杉でテントを設営していたガイドさんがやってきた。鹿の肉と焼酎の差し入れである。うわー、このまま寝ていたいなあという気持ちもあったが、1階に下りていただくことにした。ガイドさんによれば、お客さんのために運んだ肉が余ったという。1階に陣取った若者がコンロと鍋を提供し、お姉さんがもっている塩で味付けして焼く。差し入れのビールひと缶をみんなで分けて乾杯し、あとは焼酎を水で割っていただく。シュラフから出る時は体がだるく動くのが億劫だったが、元気がでてきた。焼酎は屋久島産の「三岳」と「愛子」。どちらも山の名前だ。三岳とは、お姉さんが登ってきた「黒味岳・宮之浦岳・永田岳」の3山を指すという話。(自分とおじさんは二岳。)なかなかうまいので、機会があったら求めてみよう。
 1階の2人は北海道の学生さんで、卒業旅行中だった。そして、ここまで一緒だったお姉さんが医学生であることを知り絶句する。鉄人美少女は頭脳も鉄人だったのね。
 焼酎で気持ちが良くなり、シュラフは乾してふかふか。今夜は気持ちよく眠れそうだ。

本日のルート(コンパスより)。
スポンサードリンク