7月8日に白神岳に登り、10日のフェリー(既に割引料金で予約済み)まで間があったので青森のホテルに2泊した。青森の市内観光はそれはそれで楽しかったが、どうやらその判断が失敗だったようだ。9日(土曜日)、10日(日曜日)の天気がすこぶる良かったのだ。大千軒岳は渡渉もありコースも長いルートで、しかもクマの生息域でもある。山に限らずこの地域では度々クマの被害が出ており、死亡事例もある。人の多い土日に行こうと思わなかった自分はいったい何を考えていたんだろう。しかも、青函フェリーは今までも、予定より早い便に空きがあればすんなり変更してくれてた。実際、今回も少し早めに手続きに行くと「ひとつ前の便も車乗せられますが、早い方にします?」と親切に聞いてくれて、朝の便に乗せてくれた。白神岳に登った8日の午後、ターミナルで変更可能か聞くべきだった。

 そんな後悔をしながら10日の朝、青森港を出港し、3時過ぎには函館に着いた。車を走らせ木古内駅前にある道の駅で一泊する。明日の天気予報は雨。渡渉もあるルートであるし、一度本気で雨が降ったら2日くらいは増水してるだろう。これは長期戦になるかもしれない。考えてみると、2年前に北海道の登山旅行に来た時、登山口までの林道が通行止めで諦めたのだ。そして今回もなかなか山が許可してくれない。やはり自分が行ってはならない山なのだろうかと迷いがです。でも、今回北海道に来たのは4つの山に登るためである。その4つ(カムイエクウチカウシ山、ペテガリ岳、神威岳、大千軒岳)の中で、ここが一番楽な山だ。ここを無理だと言ったら全てが無しになるわけで、仮にダメだったとしても挑戦しないで止める選択肢はない。とにかく待とう。時間だけはたっぷりあるのだから。

 その後も天気は回復せず、知内や福島町の道の駅を転々としながらチャンスを伺い、ようやく14日に決行となった。快晴ではないが雨の心配もなさそうなので、とりあえず登ってみることにする。

仲間いたーっ! うれしいーーっ!

 コースタイムがおよそ8時間なので、気分的には早朝からスタートしたいのだが、あまり早くて薄暗い中ではクマが恐ろしい。ここは他の登山者が来るかもしれない6時くらいのスタートにしよう。そう決めて「道の駅きこない」を出発し、悪路の林道を抜け、5時半くらいに登山口に着いた。少し待っていると、来た来た来たっ。ワゴン車でシニアの夫婦がやってきた。特に約束したわけではないが、なんとなく一緒に行動するような感じになって、6時にスタートする。

渡渉があるから前半はこれ
こんな渡渉が数ヶ所(モデルは同行のおじさん)

 ルートの前半は沢沿いの路を行くので最初から沢靴をつけ、登山靴はリュックに入れる。高巻きや渡渉を繰り返し、所々道が不明瞭なところをどっちだろうと話しながら進む。水はけっこう冷たいが、沢用のスパッツをつけているので大丈夫。ご夫婦は自分よりもゆっくりだが一緒に進む。男性の方は若い頃大学でワンゲル部だったそうで、その頃一度だけ大千軒岳に登ったという。仕事もリタイアして、若き日の思い出の山にもう一度挑戦するべくここに来たという。歳を聞かなかったが自分より10歳くらいは上だろうか、自分が10年後にここに登れるかと言われたらとても自信がない。というより今この瞬間も山頂まで行く自信も揺らいでいる。

金山番所跡 十字架を見ると悲しくなる

 数回の渡渉を終えて、湿地帯を少し歩いたら十字架が出てきた。ここが金山番所跡である。時刻は8時10分、ほぼ2時間かかった。
 金山やキリシタンの歴史をここに記す余裕も知識もないが、毎年ここでミサが行われているという。最初は木の枝とロープで作られてた十字架も、この金属製のもので3代目とか。いずれにしても106人のキリシタンが松前藩の時代に殉教したのは事実だ。自分はキリシタンではないが、ここはきちんと手を合わせて祈る。

 ここから先はいよいよ山登りとなり渡渉はない。沢靴を脱いで登山靴に履き替える。ここでシニア夫婦に「自分たちはゆっくりだから先に行ってくれ」と言われた。少しゴネてみたが、どうやら私に迷惑をかけていると思っているようで、逆にオーバーペースにさせてしまうことを避けるため、一人で先に進むことにした。(本音としてはゆっくりでも一緒に行きたいところだ)

 さあここから沢はないし・・と金山番所を出た直後の道が川になっていてぐちゃぐちゃだった。それが数10m続いてからようやく乾いた登山道になった。履き替えるタイミングをもう少し遅らせても良かったかなと少し後悔する。

 先に行くとは言ったものの、シニア夫婦が心配なので(と言ってるが実は一人が怖いので)、二人が登ってくる様子が見え隠れする程度の距離感を保ちながら登る。距離としては金山番所跡で半分来ているが、高度でみるとまだ4分の1しか登っていない。1071mの山頂まで残りは600mある。

 けっこうな斜度を登りながら山頂を見上げるが、残念ながら霧がかかっている。登った頃には晴れてくれよと祈るしかない。おそらく自分にとって最初で最後の山になるだろうから、できれば千軒平の十字架と山頂の景色を見たい。
 700m付近で大きなクマの糞を見つけて緊張したが、このあたりはすでに森林を越えて低い藪になっているので見通しは良い。近くにいる気配もないし大丈夫だろう。しばらく様子を見て、夫婦が見えてきたのでゆっくり先に進む。

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あーあ、見つけちゃったよ(でも周囲にクマの気配はない)
千軒平は霧じゃ

 9時50分、千軒平に到着。十字架は見えるが山頂は霧の中だ。まだ時間はたっぷりあるのでここで晴れ間を待つ。夫婦の二人がなかなか登ってこないので少し焦ったが、15分後くらいにようやく姿を見せてくれた。自分を抜いて先に進む二人を見ながら晴れ間を待つが、どうやら晴れそうにもないので諦めて自分も山頂に行く。
 10時40分、大千軒岳に登頂。5分ほどゆっくりするが、夫婦はここで昼にするというので先に千軒平まで下りることにする。ニッコウキスゲの群落を抜けて再び十字架のそばに腰を下し、とにかく晴れ間を待つ。今日はご夫婦と一緒に暗くなる前に着けば良いと思っているので、まだまだ時間はある。

山頂から千軒平へ
上から見ると十字架はこんな感じ
なんとか見えました

 しまらくじっと待っていると、奇跡的に霧が晴れてきた。青空をバックにとはいかないが、十字架とニッコウキスゲと、その奥に山頂という本で見た景色が最後の最後に現れた。やがてご夫婦も山を下りて来るのが見えてきた。間に合ってくれという願いが届いて、二人も同じ風景を写真に撮り、下山開始だ。時刻は11時40分。今度は二人が先に出て、自分は少し離れて後ろをついていく。12時40分、金山番所跡。ここで再び沢靴に履き替え、沢沿いの道を下る。そして15時少し前に駐車場に戻ってきた。

 この日、山に登ったのは3人だけだった。お互いに一緒に登る人がいたことに感謝しお礼の言葉を交換し、今回の山旅を終えた。残る山は3つ。どうか無事に登れますように。

登頂祝い

 その後、この年の10月末に大千軒岳の中腹で、登山道の点検にきていた消防隊員がクマに襲われている。登山口から3時間ほどの場所というと金山番所と千軒平の間の斜面だろうか。また、行方不明だったソロの大学生が遺体で見つかっている。これも6合目のやぶの中という。この二つの事故が起きた場所は、今回の登山でクマの糞を見つけた場所に近い。もしかしたら自分が犠牲になった可能性もあったなあと家に戻ってから震えている。3人の消防隊員は、鈴や笛を鳴らしていたというが背後から襲われている。そしてこのクマ(その後死んでいるのが発見された)と、前年にこの地方で人を襲ったクマはとは別の個体であることがDNA鑑定でわかっているという話。もしかしたら人間をエサと認識し始めたクマが増えているかもと思うと、かなり恐ろしい。とりあえず自分はクマの被害を受けていないが、ラッキーだっただけかもしれない。今後もクマスプレーは必需品だ。

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